トートの書物

適当に書きます。

カリギュラ-1

ゲームをするというのは読書をするのとあまり変わらないと前から言っているがなかなか理解されない。

読書が良いとされる理由、ゲームが違うとされる理由、それぞれ色々言い分はあるだろうし、まあそれはそれでいいんじゃないかな~とも思うが、カテゴリーの分け方の問題でしかないと思っているので、そこまで拘ることでもないと思う。

例えば読書が良いとされる理由で、教養がつく、などと言う人もいるが、世の中には阿呆のような本はたくさんあるので、一概に読書という行為を以って教養がつくというのはまさしく教養がない意見だ。

読書やゲームがもたらす結果とかではなく、自分の場合人がどう動くかでカテゴリー分けしているので、データが入る、それに対して反応する、ということでは読書もゲームもあまり変わらない。

アウトプットが要求されることを前提としている勉強とインプットのみの読書は性質が全く違うし、勉強と例えば将棋のようなゲームは性質が近いと考えているが、読書と勉強はほぼ同一視されてる気がするし、勉強と将棋は性質が違うものと考えられる。

難儀なものだ。

さてゲームや読書、色々違ったり同じだったりするかもしれないが、共通するのは、良書・クソゲーなど、評価がついてしまうということだ。

上記のような自分の中ではインプットしかないようなコンテンツというのは何かしらの評価をされてしまうことが多い。

データに優劣などない、というほど自分もドライではないので、クソゲークソゲーとして唾棄することは厭わない。

 

先日のクソゲー祭りの2本目、カリギュラというゲームをプレイした。

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さて、注目すべきはシナリオ里見正、サウンド増子司である。

女神異聞録ペルソナのスタッフだ。

いや正直、パッケージを見た瞬間の「もう捨てよう」という感情が一瞬やってみようかなに変化したくらいだが、そのくらいしか希望を見出すことができなかったので、そういうのが全くないゲームよりはましだと思い、とりあえず手を付けた。

開始5分、やめようか悩む。

開始10分、やめる。が、もうちょっとだけ頑張ろうと思い、せめて最初のボスくらいなんとか、と奮い立つ。が、とりあえず電源を切る。

開始60分、どうやら中ボスでバグにはまったらしく、相手を倒せず、相手は攻撃をして来ない状況で戦闘から離脱もできないことを確認したので、電源を切る。

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上記画面が自分が最後に見た画面となる。

駄目な点を挙げるのは非常に簡単だ、というのが一般的認知度の高いクソゲーの共通項ではあるが、このゲームの駄目な点というのはなかなか挙げづらい。もしかしたらそれに気づかずに頑張ってしまった人もいるのではなかろうか。

 

現時点で判明しているストーリー。

舞台は高校だが、その高校はネットワーク上に作成されたVRである。

高校生は3年で卒業したらまた1年で入学するという時系列的ループが発生しており、主人公を含む帰宅部というメンツはその中で自我を持ち、現実の世界に戻ることを目的としている。

そのVRはμというネットアイドルによって作成されており、帰宅部を除く高校生達は皆そのネットアイドルの熱狂的ファンであり、μのファンでない帰宅部を見つけるとその素晴らしさを伝えるために襲ってきて、戦闘になる。

主人公には妖精のような見た目の別のネットアイドル(もう名前忘れた)の力により、自分の自我の発露により精神的武装を行い、熱狂的ファンに対抗する、という感じのようだ。

ストーリは今のところこんな感じだが、今後多分トラウマを克服するとか妖精と共に現実世界とのつながりを見つけるとかで強化されてったりするのだろう。

まあ、ストーリはなんでもいい。どんなクソ小説でも最後の一節だけ良ければそれでいいということもある。

 

本を読むこととゲームをすることの最大の違いはユーティリティだ。

本は文字と一部挿絵で構成されており、章、節などの文章的技術と物理的ページによってロードが出来るコンテンツと言える。

文字はフォント、文字の大きさ、紙質など作品ごとに差異はあるが、少なくとも日本の本の規格はそこまで変わらないので、一度慣れてしまえば紙媒体でも電子媒体でもそこまで違和感なく操作ができ、どの作品に接してもユーティリティに不満を持つことはほとんどない。

ゲームはそれが作品ごとに違う。

アクションゲームとロールプレイングゲームシューティングゲームなど、ジャンルによっても同じキー操作を予定することはほとんどないし、また作品ごとに同じ意味を持つキーが違うなど、毎回それを覚えなければならない。本をめくる、という動作がすべての作品で違うとしたら、本を読む人間は激減するだろう。

とは言え、大体ゲームも製作者やジャンルによって、大体はキー操作やその他のシステムはあまり変わらない。

なんとなく出来る、というレベルはどのゲームにおいても最低限補完していることだろうし、その上でストーリ性、革新的なシステムなどを売りにして市場に出しているのが大体のゲームだ。

しかしこのゲーム、簡単に言うと、それに甘えすぎてる気がする。

例えばドラクエとか長寿シリーズものなら、なんとな~く村人に情報聞いて、なんとな~く歩いて、なんとな~くホイミ使えば回復して、とかそんななんとな~くを積み重ねていって序盤から中盤にかけてなんとなくシステムを把握していく仕様でも問題ないと思う。

別にチュートリアルをがっつりやれというわけではないが、ストーリが意味不明な上戦闘、移動その他諸々のシステム全般、適当に処理していてやる気にならない。

少なくともゲームは、操作が必要となるコンテンツなわけで、それを快適に、可能であれば楽しめるようにするのはゲームデザイン上必要だと思うし、それをおざなりにしているゲームはどんないい要素があろうがクソゲーだ。

ストーリだけ見てほしいならゲームにせず、本でも書いてくれ。

多分このゲームは2度とやりません。

誰か欲しい人がいたらあげますので、やってみてください。

で、ストーリーをレポートしてください。

 

ユーザビリティエンジニアリング原論―ユーザーのためのインタフェースデザイン (情報デザインシリーズ)

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